2011年06月30日

同類に会う

今日は午前中、州立図書館での催しに参加して来たのですが、
会場に着いて参加登録をしようとすると、私の苗字を見た係の人が、

「ご家族のどなたかに版画家がいらっしゃいますか?」と尋ねてきました。

私の苗字は、日本人としては、ありふれているものですが、
「あ、あの、私、版画家なんですけれど」と言うと、

「あ、そーなんですかー。ご本人なんですね? そうかと思いました!この間、インプレス工房展で作品見たんですよ。それで、お名前を覚えていたもので」と言われました。

覚えてもらっていて、とてもうれしかったです。そこまでは聞きませんでしたが、私の作品を気に入った、ということで覚えていてもらったのだと思いたいものです。その反対だったりしたら...−いやいや、まさかそんなことは。

はっとして、
「もしかして、あなたも、インプレスのメンバーですか?」と聞くと、

「ええ、そうなんですよ!」とのこと。そうか、同類だったんですね。彼女は、州立図書館に勤務しながら、版画の制作をしているそうです。州立図書館というのは、貸し出しをする図書館ではなくて、日本の国立国会図書館の州立版みたいなもので、歴史的な文書や、研究・調査用の資料などを保管・保存しています。といっても、かたーいところだという感じでもなく、州民が「本」というものに親しめるようにさまざまなイベントやワークショップを提供しています。

今年の初めに、工房主催のフォトポリマー・エッチングのワークショップの講師を務めた人も、州立図書館勤務なので、その人のことを聞いてみると、

「彼女とは、友達なのよー」

世間は狭い。

実は、今週の土曜日、工房の年次総会があるので、「出席する?」と聞いたら、出席するとのこと。「じゃ、また土曜日にゆっくりね」と言って会場に入りました。

引っ越してから半年、だんだんと知り合いが増えてきました。
posted by OZK at 15:46| Comment(2) | 版画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月29日

ウィンブルドンのトミック/自分の色

テレビでは、ウィンブルドンの準々決勝で、世界ランキング158位のオーストラリアの18歳、バーナード・トミックと全豪オープンの覇者でセルビアのノバク・ジョコビッチが対戦中。トミックは、クイーンズランド州ゴールドコーストで育ったということで、ここでも大きな注目を浴びています。

(3時間後です。今試合が終わりました。トミック負けちゃいましたけれど、健闘しました。頑張ったね、偉いもんだ。18歳かー。私は、その頃なにをしていただろう?大学受験かな?試合直後のインタビューで、買った方のジョコビッチが「トミックは、若いし、準々決勝は初めてということで、どういうふうに出て来るか予想しにくかった(ので難しかった)」と言っていましたが、若いということの魅力というのは、そういうところにあるんだろうな、と思いました。そして、私はテニスのファンというわけではありませんが、トミックのような若い選手の予想不可能な面白さとスタミナに対して、先日の伊達公子選手のように経験を積んだ選手の技術と作戦というのもあり、なかなか面白いウィンブルドンを楽しませてもらっている、と思っています)

制作中の版画については、
昨日、ひとつ作品のめどがついたものの、
それ以前からとりかかっている作品のことが気になって、
今日は、他のいろいろとやらなければならないことに目をつむって、
これまでに作ったその作品の3版を重ね刷りしてみました。

まずひとつ図案を決めて、それを複数の版に分ける方法ではなくて、1枚1枚全然違うデザインを重ねて、ひとつの作品に仕上げようと思っています。それぞれのデザインと色がうまく組合わされば、頭で考えた以上の効果が得られるはずなのですが、これが難しい。

色の組み合わせは、ここ数年の懸案です。この作品に限らず、うまくできるようになりたい、とずっと思っています。多色使いは嫌いではないのに、版画で何版かに分けて色を使おうとすると、なかなか思ったような効果が得られません。力めば力むほど、自分らしくない突飛な色遣いになり、焦れば焦るほど、こんな雰囲気に仕上げたいという方向から遠ざかって行きます。版画を始めるまでは、そんなこと疑ってみた事もなかったのに、本当は自分には色のセンスがないのではないか、とまで思ってしまう始末。こういう場合、1回でいいからピタッと決まってくれると、ぐっと自信を盛り返して、その後は、ぐらぐらしないで済むようになるんだろうなあ、とは思うものの、この1回というのがなかなか起こらなくて、ここ何年も、色インクのチューブを前に萎縮しています。

今日は、これでもいいような気がする、というのが出来たので、そこで作業を終わりにしましたが、眺めているうちに、これはやっぱり狙っていたものと違う、という気が。

その上困った事に、これでもいいな、と思った色の組み合わせは、意識してそうしたわけではないのに、気がつけば、去年まで通っていた学校の版画の主任の先生がよく使っていた色遣い。すっかり先生の色に染まっちゃって、もうやだなー、と苦笑しています。

自分の色遣いを探さなくては。
posted by OZK at 22:12| Comment(0) | 版画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

芝刈りと花粉症

今日は朝から久しぶりに雨。

先週末から花粉症らしい症状に悩まされていたJも、雨のお陰で症状がやわらぎ、ほっとしているようです。

ことの起こりは、庭の芝を刈ったこと。
いえ、正確に言うと、芝とは名ばかりで、ほとんどが雑草、しかも自分で刈ったのではなくて、隣のおじさんが刈ってくれたのですが。

私が古くて幹がこんがらがった庭木と、剪定ばさみで格闘していたのを見たからか、ある夜、隣に住むおじさんがやってきました。
「芝がだいぶ伸びているようだけれど、刈ってあげようか?」という申し出でした。

実は芝刈り機を持っていないので、いつもは友人から借りて草を刈っていました。いずれは買わなくてはいけないと適当なものを探しているところでしたが、その間にも、芝というか雑草はどんどんと伸び続け、狭い庭ではあっても、外から見るとちょっと見苦しい状況になっていました。

外からみた庭の様子が汚いのは、周りの家にとっても迷惑(そういう家が近所にあるのは見苦しい、そういう家のある一角に自分の家があると、自分の家の資産価値が下がる、などなどの理由)らしいので、気にはなっていましたが、そういう申し出を受けたので、お願いする事にしました。特に、隣のおじさんは家を売ろうとしているところなので、悪いなあ、という気もしていました。

実は、夏の終わりに1回、伸び過ぎて手に負えないと、芝刈り業者を頼んだ事があります。このときは、日焼けした大柄の若者が3人でやって来て、芝刈り機3台で、バリバリバリバリーッと、ものの20分もしないうちに全部刈って行きました。1人当たりにするとそれほど高くないお金を払いました。

そこで隣のおじさんの話に戻りますが、
「この間は、いくらだった?」と聞かれたので、3人の若者に払ったのの合計よりちょっと安い金額を提示、それでいい、というので、商談成立です。近所の人の場合は、お金のやり取りなしに助け合う場合の方が多いと思いますが、この伸び方では、また誰かにお金を払って刈ってもらうことになりそうなので、今回は隣のおじさんにお願いする事にしました。

それが先々週の話です。

先週の木曜日、真っ昼間に庭で物音がするので、何だろうと外に出てみると、隣のおじさんが、くわえたばこで、猛烈な勢いで、芝刈り機の歯の届かない塀の脇の雑草をむしっていました。しばらくすると、大音響とともに、芝刈りが始まりました。 自分の庭を手入れするような丁寧な仕事ぶりで、1時間弱の作業で、芝生(いえ、刈り込まれた雑草)も見違えるように、小さな庭全体も、汚かったところを整理してもらって、すっかりきれいになりました。

ひとつ、計算外だったのは、このころ毎日晴天続きで、乾燥しており、芝を刈っているときにも、もうもうと埃が上がっていたこと。

翌日から、Jは頭痛、鼻水、だるさなどなど、とたんに具合が悪くなってしまいました。アレルギーの薬を飲むやら、鼻から入れるスプレーをするやら、2年ほど前に日本に行ったときに買って来た、花粉症予防のマスクをするやら(この、湿り気のあるマスクというのは、とても良かったみたいです。オーストラリアには、この手のマスクは皆無なので、こちらに日本人のお友達がいて遊びに来られる方は、こういうものをお土産にすると喜ばれると思います)大騒ぎでした。

そして今日、やっと雨。これも、一種の“恵みの雨”です。何日かぶりで、すっきりと目覚めたJは、今、目下改装中のスタジオでライトのテストをしています。

スタジオについては、また機会を改めて書きます。

posted by OZK at 10:07| Comment(0) | 動物・植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月28日

小さいリノカットの作品、できました

昨日の夕食後、気まぐれに作り始めた小さなリノカットですが、今日、用事で外出したときにも試し刷りを持って歩いて、時間があるときに眺めては手直しをするところを考えていました。そして、今日の夕食後、彫刻刀で直しを入れました。

その後、試し刷りと直しを何回か繰り返して、版については、これ以上多分手を加えない方がいいでしょう、というところまで作りました。

その後、昨日考えていた通り、赤い和紙で、ちょっとシンコレ。

これはうまくいったのですが、白い厚手の和紙に刷った全体がのっぺりし過ぎているように感じたので、他の部分に、厚さも薄く、色も薄いベージュの和紙で、さらにシンコレを加えることにしました。

シンコレというのは、薄い和紙のような紙の裏にのりを引いておいて、版木からデザインを刷りとる時に、一緒にその和紙を台紙となる作品の紙にはりつけてしまうという手法です。コラージュとは違うのですが、ちょっと説明が難しい。

とにかく作品は完成しました。万歳!

縦10センチ、横8センチ程度なので、実際の版の制作作業自体には、それほど時間はかかりませんでしたが、いちおう、モチーフについては、かなり長いあいだ、頭の中で転がしていました。

出品しようと考えているイベントには、10部ぐらい同じ物を送らないといけないのですが、今後は紙の手当てが課題です。

白い方の紙も、ベージュの紙も、シドニーにいたときに買ったものの残りです。似たような物がブリスベンで手に入るのか。小さい版画なので、紙はそれほどいらないとはいえ、もう手元に1枚も無いので、早急に考えないと行けません。うまくみつかりますように。


posted by OZK at 22:44| Comment(0) | 版画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

作品は心の鏡?

つい最近参加した工房のグループ展に、これまた比較的最近知り合いになった人が、見にきてくれました。ありがたいことです。

展示してある私の作品を見て、
「いやー、こういう作品だとは思いませんでした。結構ダークですね」と言いました。

月の下に船が浮かんでいる単色のコラグラフ(これを作った後で自分でも「わたしって孤独なんだろうか?」と思いました)と、ドライポイントで木を表現した作品(出来上がった版画を見て、自分で「わたしってもしかして、魔物とかが出そうな雰囲気が好きなのかな?」と思いました。ちょっとおどろおどろしい感じがしなくもありません)です。

自分で作った作品に、自分でも気づいていなかった自分の性格や感情のかけらを発見する事は結構良くある事で、出来上がった作品を前に、「私って、一体どんな人間なんだ?」と考えてしまう事も、ままあります。今日も、実はそんなことがありました。

夕食後、テレビを見るともなく見ながら、小さな作品の試作をしていました。
海外のミニプリント展というのに、まだ参加した事がないので、1度は挑戦してみたいと思い、10センチ角ぐらいの作品を作ろうという魂胆です。手元にあったリノリウム板の切れ端の上に、鉛筆で下書きをして、すぐ彫り始めました。リノカット等は、銅版画などと違って、酸もプレスもいらない分、アイデアをとりあえずの版画の形にしやすいです。

小さいし、気の向くままに彫って行ったので、あっという間に一応の形が出来ました。しかし、刷ってみると、

まー、なんて、暗い作品なんでしょう。私って一体何を考えているんだか〜。

もっとも、オーストラリアでの日常生活は別にして、3月の日本の地震と原発問題が、もやもやっといつも心のどこかにあるので、作品を作るにしても、ぱあっと明るいテーマには目が向きにくいことは確かです。そのためどちらかというと、作品が暗めになってしまっているようです。

もう、7、8年前の事ですが、事情があって、版画を中断していたときのこと。片付け物をしていたら、ベニヤ板と彫刻刀が出てきました。「なつかしいな」と思い、好き勝手な方法で、2、3点作品を作ってみたのですが、そのどれもが、明るく楽しそうなモチーフと色合いで、自分で言うのもおかしいのですが、「私って、今、結構ハッピーなんだな。よかった!」と思ったのを覚えています。

また、ハッピーな作品を作れるようになりたい。そういう明るい日がなるべく早く来るといいなあ、と思います。そういう風に願っているのは、私だけじゃありませんよね。

今日の作品、バックをもう少し彫り足して、黒一色で刷り、一部に赤のシンコレを施そうと思います。
posted by OZK at 00:04| Comment(0) | 版画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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